2018年6月
うまか卵に寄せて 茗荷村通信原稿6
うまか卵に寄せて 理想的な家を想像するとき、いつも卵の殻を思い浮かべる。生命をはぐくむ外皮としての殻と、家は案外同じ役割を担っているといえるからだ。例えばプラスチックで作った卵型のケースと、本物の卵。見た目は変らないけ […]
新しいことを始めよう 茗荷村通信原稿5
「新しいことを始めよう」 私が小さいころ、大萩村はまだ江戸時代がそのまま続いているような村だった。どの家も鍵というものは一軒たりともかかっていなくて、出入りは自由だった。それでも物がなくなったりすることは […]
先人からのメーセージ 茗荷村通信原稿4
先人からのメーセージ。 「大萩わな、昔、大萩ケンゆうてな。一国の独立圏として認められとったんや。」 茗荷村初代村長辻仁一さんを囲んで話を聞いたのは、一九九〇年のこと、今からもう二七年も前だ。茗荷村の村長の前に、旧愛東村 […]
大萩の思い出
『思いを伝える』 昭和49年秋、その年の大萩字民運動会は大いに盛り上がった。台風災害の後、集団移住の話が持ち上がり、いよいよ移住する前の年で当地最後の大会とあって、小中学生のみならず、中学生、高校生、村を出て町に働きに行 […]
昭和47年大萩台風災害について 茗荷村通信3
大萩台風災害について 昭和47年にその災害は起こりました。平成生まれの皆さんにはピンと来ないかもしれません。西暦で言うと1972年です。今から43年前になります。もしかすると、皆さんのお父さんお母さんも生まれてないかもし […]